kimamaisan’s blog

ひとりごとの記録

ラブユアセルフ

 

 

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「ラブユアセルフ」 英語で書くと、「LoveYourself」

 

 

 

 

love

1.不可算名詞
a〔家族・友人・祖国などに対する〕愛,愛情

b〔異性に対する〕恋愛,恋 

2.動詞 他動詞
〈人などを〉愛する,かわいがる,大事にする; 恋する,

ほれ(てい)る

【用法】 感情をこめた強意表現以外では通例進行形なし

などなど

 

 

yourself

代名詞
【用法】 you (単数) の複合人称代名詞; ⇒oneself
あなた自身

 

(weblio英和辞書参照)

 

 

"love" は 不可算名詞でもあり、他動詞でもある

 

"愛" という数えることのできないもの でも、名詞ということは

ものの名前であり、実際に "存在する" と定義しているわけで

 

他動詞ということはそのあとに動作の対象となる目的語が必要だ

"love" =  "愛する" という言葉は愛する対象が必要だということ

 

「LoveYourself」

この場合 "love" という単語の後に "yourself" という代名詞がある

ことから、この "love" は他動詞として使われていることが分かる

 

つまり、「LoveYourself」は

「愛する」 という動作の対象を

「あなた」 にしているということ

あなた自身を、あなたが自ら、愛して欲しい そんな言葉

 

 

 

これは、私が「わたしのすきなひと」みんなに願うこと

でも、それは 理想論

 

 

 

 

 

 

1.過去

2.ラブマイセルフ

3.愛

4.しあわせ

5.ラブユアセルフ

 

6.あとがき

 

 

 

 

 

 

 

 

1.過去

 

要約能力が皆無過ぎてしぬほど長いです そして読みにくいし、

かなり被害者面したヒステリックな文章がしばらく続くことを

先に謝っておきます、、、でもぜんぶほんとの話なので、、

あと、もっとつらい人がいるという意見ももちろん理解している

ので、こんなことで?とは思わないでください、、)

 

 

 

 

 

私はひとりっ子で、従姉妹もみんなもう既に大人だったから

小さい頃はとっても可愛がられ甘やかされ、自由奔放な子だった

スーパーに売ってるきゅうり食べちゃったり、ひとりどこかに

行ってしまったかと思えばお店の店員さんと仲良くなってたり

自由奔放で好奇心旺盛で、でもとってもわがままで自分勝手な子

小学生のころの私もそんな感じで、さらに気が強くなった

この頃の私は確かにいきいきしてて、リーダーとか

人前に立つのが大好きで、自分の意見を言うのも大好きだった

けど、そのぶん自己主張が激しくてプライドが高くて そして

やっぱりわがままで自己中心的な性格で 何度か友達を傷付けた

いらいらすると、すぐに手が出る子でもあった

 

 

小学生の頃に作った 「本音ノート」 とやらを開くと

『あいつほんとにほんとにきらい うざい、死んでしまえ!』

って汚い字で乱暴に何度も何度も書いてあったり

『死にたい 生きていたくない こんな私のきもちわかるか!』

なんて言葉をばかでかい文字で書いて何ページも埋めていたり

恐らく後者は中学受験期に心が荒れてた頃だと思うけど、

たぶん 小さい頃から感情の起伏がものすごく激しかった

 

 

いらいらしたり 落ち込むと、とりあえずものをひたすら投げる

子供ながらにばんばかものを投げて

親が何を言おうがひたすら叫んで 泣いて

ドアを思いっきり バアンッッってすごい音立てて閉めて

自分の部屋にひきこもって お母さんが来て また泣く

の、繰り返し

 

この程度の話は大したことではないし、この頃はまだまだ

私はわがままで女王様気質のとっても嫌な女の子だったから、

中学校で苦しんだのもある意味間違いではなかった気もする

 

 

 

中学校に入ってすぐ、何となく友達がたくさん居たから吹奏楽

に入った 今でも吹奏楽部に入ってなかったら、私の人生どんな

だったんだろう、私もう少し明るい子になれてたのだろうか

なんて思ってしまう

 

 

 

入ってすぐに、

私は『楽器を倒す』という事件を起こしてしまった

私はチューバだった、という言葉だけでたぶん結構なことを

やってしまったというのが伝わると思う めちゃくちゃ大きい楽器

それがきっかけ、先輩からの印象は最悪 周りの1年生より楽器の

上達もめちゃくちゃ遅くて、怒られてばかりで 入ってすぐに

同じパートの先輩達は私の事を嫌いになったし、先輩達は私以外

同じ1年生の子達をすごく可愛がって、何より私のパートの

先輩達に気に入られていたパーカッションの1年生が厄介で

吹奏楽部関係なく学年のリーダーのような子だったその子が私の

ことを嫌う事で、なんとなく 学年全体で「近寄りにくい子」に

なってしまって、結果、中学校3年間は 最悪な感じになった

 

 

虐められていた訳じゃないだけマシだと言われれば何も言えない

けれど、誰も話しかけて来ないし でも孤独だと思われたくなくて

とりあえずいちばん人数が多いグループのところに行って

「一緒に食べてもいい?」と言う 話を振られる事なんか無いから

約30分何も話さずそこにとりあえず居座わる、を毎日続けたり、

なにか面白い事を誰かがしてるのが見えて笑ってしまうとうわっ

て目で見られるから笑う時口元を手で隠す癖が付いたらそれも

いつの間にか真似されてバカにされてて、メガネを変えたらすぐ

にあのメガネなに?って言われて コンタクトに変えて部活に

行ったら音楽室中が静まり返って (未だにこの日のあの雰囲気は

忘れられない)みんなの目に耐えられなくて休憩時間すぐに

トイレで泣きながらコンタクト捨ててメガネに変えて 髪を切って

もおなじ そんな感じの3年間 直接言われると言うよりはひたすら

無視 だけど私の事明らかに何か言っているのが 視界に入る

ああ、また何か言われてる、こわい、の繰り返しの毎日

部活で先輩達に怒られて泣くことはたくさんあったけど

それ以外の感情を出すのも怖くてなるべく にこにこ するように

してた 自分の感情はできる限り押し込んでた 出せなかった

 

(死にたくなること、本気で死のうと ここから落ちてしまおうと

したことあったけど、死ななかったのは唯一2人だけ友達が

いたから 同じ吹奏楽部の子だった故に 2人とも帰り道、しか

仲良くしてくれなかったけど それでも私の貴重ななんでも話せる

友人だったし この子達のおかげで乗り越えられた とおもう

中3の時裏切られたけど その時は塾の先生が助けてくれたから

 

ちなみに中学生の時自分の逃げ場として作ったのがTwitterでした

まぁ、のめり込んでネット上の人を信用して無駄に傷付いたり

したんですけどね…アホだねほんとに)

 

 

そうすると、家での感情の起伏はますます激しくなってしまい

自分の感情を抑えられずに親に理不尽に怒ったり ものを投げる、

喉がかれるほどに叫ぶ、泣く、ドアを蹴る、とか、

そんなことばかり家ではしていた たぶん 家にひとりでいる時に

こうやって自分の感情にブレーキをかけられなくなってきたのは

この頃から

(面倒臭いのでこのぜんぶをまとめて

"感情が抑えられなくなる"と名付けておくことにする)

 

 

 

絶対に学校は行け、1度休んでしまったらと行けなくなるから、

と 母親に言われていたので 病気以外で欠席はせず

なんとか どうにか3年間を終え 受験はそれなりに頑張ったものの

公立は落ちて遠い私立に通う事に

これはかなりラッキーだった 同じ中学の人が居なかったから

 

 

 

 

高校生になって 初めて「友達作り」に臨んだ

予想通り 国際科の雰囲気に馴染めず大人しい子達と仲良くして

初めの頃は上手くすごしたものの  結局色々上手くいかなかった

その原因は、軽音楽部だった 懲りないね…吹奏楽部であれだけ

嫌な思いをしたのにまた音楽をやりたいと思ってしまった これは

正直100間違いではなかったと思う けど、後悔はしてる

 

初めこそ本当に本当に本当に楽しかったし軽音楽部の先輩も

同期もみんなみんな大好きで、この高校来てよかった、楽しい、

最高だ、そんな気持ちで溢れていたし 充実感でいっぱいだった

けど、

友達作り初心者の私は どうやら "自分" の出し方を間違えた

みたいで 2年生のはじめ頃に、「このバンドから抜けてくれ」と

言われてしまった、理由は 『性格が合わないから』 その言葉は

1年生の終わりの頃にもリーダーに言われた言葉だった けど、

それはもう、直したはず…… 

 

 

 

1年生の頃はバンドメンバー含めた いつめんの人達と一緒にいた

さっき書いたとおり、この頃は本当に毎日楽しかった

でも、1年生の冬頃 1ヶ月ほど雰囲気がぎすぎすしていたのを

なんとなく感じてて でも理由は分からなくて

そんな雰囲気が最悪だったある日 いつも通りみんなで一緒に

高校から最寄り駅まで歩いて帰ってたとき

私に対して思っていたことを

ひとりひとりぽつりぽつりと言い始めた、途端に苦しくなった

それが30分程(高校から最寄り駅まで歩くとそのくらいだった)

続き、もう苦しくて足に力が入らなくてその場に座り込んだの、

私本当にゴミじゃん、って言った

お前が本当にゴミだから言ってんだろ、って怒鳴られた

1番気の強い、そしてバンドのリーダーだった男子に

そのあと、みんなに言われた 教えてくれた

『私の悪い所』を直す方法をいろいろ考えて  

具体的に期間を決めた方がいい、というリーダーの意見で

「1ヶ月後までに直すからそれまでは待って」って約束した

 

それで 期限の日 だれもなにも私に言わなかった よかった!もう

大丈夫なんだ、私はみんなといつも通り友達で居ていいんだ!

そう安心してたんだけど、

2年生になってすぐ 結局同じ事を言われてしまった

 

もう訳が分からなくて、どうして、直したはずなのに、どうした

らいいのかも何も分からなくなった その時の私にとって何よりも

楽しかった軽音楽部の居場所が無くなって また死にたくなって

 

 

そのメンバーの中でも1番仲良くて なんでも話せると 思ってた、

1人の女の子にその日の夜LINEした そんな友達が居なかったから

ね…当時のわたしの頼りはこの子しか居なかった

 

このとき 苦しさのピークが来てしまったわたしはめちゃくちゃ

悲しいと苦しいといらいらと全てが混ざってぐちゃぐちゃで

"感情が抑えられなくなる" 現象?が起きてしまって、

散々ひとり家で泣き叫んだ挙句、自分のその時の感情を思わず

全て文字にして送り付けてしまった (画面2枚分くらい…)

これがまたダメだった それはそう、その感情はそのメンバーの

ひとりだった子になんか受けいれてもらえるはずが無かったから

ごめんなさい、気が狂ってたの、どうしようもなかったの、

頼る人がいなくて、ごめんなさい、本当にごめんなさい許して

って何回も送ったけど

言い訳要らないから、 もう2度と話しかけないで  

と言われてこれは終わった

 

 

 

 

 

彼女と話さなくなり、バンドメンバー含めいつめんだった子達と

距離をおくようになってから またTwitterの世界にのめり込み

そこで友達を作ってそれなりに楽しみを見付けたものの

(ここで出会ったのは別界隈の推しの女の子)高2の夏くらいに

そこの友達みんなして私のこと騙してました!的なのが起きて

また、『1番仲良くてなんでも話せる と思ってた子』に

その時の感情を思わず全て文字にして送り付けてしまった

そう、全く同じ事を繰り返してしまった バカだね…まったく

このときにも同じように言い訳を繰り返し、帰ってきた言葉は

「重い」「人ばっかり頼るな」で、おわり

自分の感情のコントロールすら出来ないし 大事な友達も失ったし

 

 

 

 

 

 

 

訳が分からない話だけど、離れていったいつめん とやらは2年の

秋頃自然復活して (1度その中でも対立が起きたらしく片割れが

私の元に来たと思ったらなんか結局上手く全員落ち着いた)

何となくずっと一緒にいたけど、みんな何考えてるか分からない

し、自分がみんなに本当に好かれてるのかも正直分からなかった 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、当時はずっと

どうしたら人に好かれるの?優しくしたらいいのか、その人に

尽くしたらいいのか、尽くせば私の事好きになってもらえる?

ずっとずっとそんなことの繰り返し 友達ってなんだろう

 

 

 

"当時の" 私なりに考えた 人に好かれるため の方法が、

・人に優しくすること 落ち込んでる時は必ず励ましに声をかける

(そうしていれば 自分が落ち込んでる時助けてくれる、はず)

・人のいいところを見付けるようにすること そしてすぐに褒める

(そうしていれば自分のいい所も見つけてもらえる、はず)

 

かなり (自分にも、)という本音が混ざっていた事から

分かるように こうしていれば自分も好かれる人になるはずだ と

信じてやまなかった

し、何よりも自分のことを見て欲しかった 愛されたかった

 

けど、中学の時のことがあったから、

そもそも私なんかと 仲良くしてくれるひとたちは 絶対いい人だ

この人たちのためにできることなら何でもしたい

という考えが頭にあって、あながちこれは自分のためだけ、

と言うよりかは 自分なんかと仲良くしてくれるんだから、

という気持ちも大いにあった 自分なんかと一緒にいてくれる人の

ために、自分の出来ることをしてあげたかった

まぁそうも上手くいかなかったけど…

 

 

 

高3になって、いざ進路だ 受験だ となって

まあこんなんで全然勉強どころじゃなかったしそもそも周りが

出来すぎて勉強が嫌になってた私はある意味運良くいつめんの

人達とクラスが離れた(みんな1番成績のいいクラスに行った)

し、ここでいちおう2,3人だけど適当な会話を出来るくらいの

友達は身近に出来て苦しくない程度に毎日ゆとりを持って

生きれるようになってきていた

そして、受験 初めはやる気なんか全然出なかったものの、

中学生の頃大好きだった塾にまた入塾し そしてやりたいことを

自分なりに見つけて、さらに運良くピッタリの大学を見つけて

そこでモチベーションが上がってからはもう死ぬほど勉強した

 HR前、駅から高校までの徒歩、昼休み、トイレ行く時も単語帳

持ち歩いたしご飯食べながら長文読んだしある時間ぜんぶ勉強に

費やしたから友達がどうのこうのなんて考えなくて済んだ

この勉強とたまに体育で友達と話すだけの日々はすごく楽だった

あと、なによりなにか成功したくて ひたすら半年程足掻き

2月末の試験でなんとか第一志望の大学に合格した

 

 

(誤解のないように言っておくと、本当に元の頭が悪かっただけ

で実際私の大学は都内の中の下くらいのところです、、、)

 

 

 

 

大学生

自分のやりたいことを学べる場所 ようやく人生が好転してきた

そして何よりも大学で私は自分のことを大切にしてくれる友人に

たくさん出会うことが出来た

 

大学生になるなら!と推しのいつも通ってる表参道の美容院に

行き、髪のセットの仕方を教えてもらい、高校生の時から始めた

メイクも練習し、いわゆる大学デビュー をしてみた 気合十分!

 

ガイダンス初日に時間を間違えて1時間早く来てしまい、

集合場所周辺をうろうろしていたら 余裕持って早く来た子や

追加合格で資料をもらいに来た子 や様々な理由で早く来ていた子

が数名いて、その子達とひとまず仲良くなり 友達になった

(この子達は今でも一緒にいる家族みたいな7人組になったよ)

その後も、基礎ゼミで一目見て この子めちゃくちゃ素敵だ…と

思って思わず「髪色可愛いってずっと思ってて…」なんて

勇気出して声をかけた子や 少し真面目なサークルで出会った子

 

様々な友達ができる中で、だんだんと心の余裕が出来てきて、

自分の好きな髪型をしたり好きな服を着たり、アクセを付けたり

自分の好きなメイクをしたりする私自身のことを 周りの友達が

褒めてくれるようになった 自分のことをきちんと見てくれている

だけじゃない、褒めてくれて、普通に友達としていつも一緒に

いてくれて、しかもみんなと一緒にいるのがこんなに楽しい!

 

やっと、やっと自分のことを大切にしてくれる友達が出来た し、

そんな友達のことを私も心から大切にしたいと思うようになった

当たり前のようなことだけど、私からしたらほんっとうに嬉しく

てぜんぶが奇跡みたいだったの こんな日が来るなんて昔の私は

思ってもいなかった 友達ひとりひとりが宝物になった 今もそう

 

 

大学生になってから、ちょっと調子に乗って 恋愛面では

自分のことを愛してくれる恋人欲しさに 見る目がないながらに

フラフラして、それなりに傷付いて、(自業自得)友達には

何回自分を大事にしなさいと説教されたか分からないけど…

でもその度に 自分のことをこんなにも考えてくれるんだな、

なんて思って ああ本当に私はいい友達に出会えたんだな…なんて

思ったり 塾講師のアルバイトも大好きな先生達がいた所で始めて

初めは散々苦戦して上手くいかなかったけど いい上司と、散々

バカにしてくるけど自分のことを信頼してくれる、そんな愛する

生徒達にも出会えた 自分の感情のままに生きられるようになった

し、かなり思ってることが顔に出るよねと言われることも増えて

(これは決して良くはないけど)あ〜もう私らしく生きられる

ように、なれたんだなあ…って感じられて嬉しかった 自分の感情

を出しすぎるのも良くないから、そこはまだまだ勉強中だけど…

 

 

 

 

大学生活の中で、

楽しかったこと、幸せだったこと、成長したこと、いろいろと

たくさんあったけどその中で私がすごく印象に残っていた出来事

があって、それが大学1年生の時の誕生日 サークルの合宿中

誕生日を何も無い山奥で過ごすことを散々文句言っていたものの

なんだかんだ先輩がコンビニでお菓子を買ってくれたり友達は

おめでとうって言ってくれたりして、そんな中で同期の女の子で

1番仲良くなって、1番に頼るしなんでも話せる私の保護者みたい

な存在になった子が 私に誕生日プレゼントをくれた

 

今まで、誰かの誕生日に全力を尽くして出来ることをできるだけ

精一杯やったお祝いはたくさんしてきたけれど、それもその後に

来る自分の生まれた日に寂しく過ごすことの無いようにという

"保険"の意味もほんのすこしだけ含まれていて

誕生日は、お祝いしたからしてもらう、ものだと思ってたの

その子の誕生日は夏でまだそこまでの仲じゃなかったから私は

その子の誕生日に何もしてなかった、のに、この子は私の誕生日

のためにプレゼントを買ってきてくれて (当の本人はそこまで

考えてなかっただろうけど)"お返し"としてでは無く自分のため

になにかしたいと思ってくれる人は初めてで この出来事はもう

本当に本当に本当に嬉しかったし 何より感動してしまった

 

私がなにかしたことに対しての お返し としての優しさでは無く

義理としての優しさでは無く、自分は人から優しくしてもらえて

そうしたいと思って貰える人になれたんだ、、、やっと、自分は

それだけの価値がある人になれたんだな、、くらいの気持ち

私はようやく愛される人になれたのかもしれない、なんて

言い過ぎだろってくらいの満足感を感じた 19歳の誕生日だった

 

 

 

 

 

 

 

それから約1年 人生逆転!みたいな いろいろありながらも

周りの人に恵まれた幸せを噛み締めながら大学生活を送っていた

私でしたが、いよいよ来てしまった 成人式というやつ

 

 

大学生になって自分に自信が付いてからも、

やっぱり地元を歩くのは怖くて 中学の最寄り駅周辺は避けてたし

行く時はなるべく1番好きな服を着て強そうに見えるメイクして

できる限り、武装 してた(武装?)

ずっとずっと成人式という "過去の人に会わなきゃ行けない"

一大イベントがあるということは大学生になってからずっと頭の

中にいて でも行かなかったら行かなかったで、このまま私は

過去から逃げてしまいそうだな…というのもあって 当時の唯一の

友達2人と行くことにした 当日になってもずっとずっと怖くて、

さっき書いた友達に、全ての着付けとヘアセットが終わってから

自撮りを送りつけ、お願いだから可愛いよ大丈夫って言って、、

なんてアホみたいな頼み事をして、怖気付きながらも参加した

 

 

友達2人は普通に友達が居たのでいろいろ付き合ったりして、

いろいろな人に会う羽目になってしまったけど 

(これはとんでもなく嫌な考え方だけど)

大嫌いだったあの子そんなに変わってないな とか

今になって話しかけてくるのうざ!めんどいな、無視しよ とか

そんなことを繰り返して 嫌なタイミングも何度かあったけど

なんとか成人式を乗り越えた やった!これでもう終わり!!

同窓会は行かずに帰ってきたけど、もうここまででめいっぱい

疲れたし、なによりせいせいした 嫌なやつ達は嫌なやつだったし

あ〜わたしはこんなに変わったのに、変わってないんだな〜って

心の中で見下してやることでめちゃくちゃスッキリした

もうこれで終わり

これからは私の人生だ〜!!!たのしむぞ!!!!

 

 

 

 

 

そして数日後、私は20歳になった

20歳の誕生日は今までで1番たくさんの人からのおめでとうを

もらい、たくさんのプレゼントだけじゃなくてたくさんの幸せを

もらった その日はちょうど出勤だったけど、黒板にはスペルが

間違ってるハッピーバースデーが書かれてたり プリントの端に

「おたおめ」なんて書いてあったり あ〜なんて幸せなんだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

この2020年 結果的に、20歳になったときに思い描いていたほど

キラキラした「ハタチの1年間」にはならなかった

けどその分、自分とたくさんたくさん向き合うことが出来た

諦めていたことも、少しづつはじめてみたり。

あと、おまけみたいになっちゃったけど、BTSに出会えたこと

塾の仕事が無くなっちゃったりいろいろ上手くいかないことが

たくさんで苦しくなることもたくさんあったけど、

この10ヶ月くらい 孤独なこの期間ずっと側にいてくれたのは

BTSだったし、防弾少年団にたくさん支えられた

いろいろタイミングはあるけれど、やっぱりこのときに出会えて

自分と向き合う時間に彼らは必須だった し、広い社会に出る前に

出会えたこと 大人になったすぐの時に出会えたこと

彼らから学んだこと、たくさん頂いた幸せ、ぜんぶぜんぶ

抱きしめて 心の中に大切にしてずっと一緒に生きていきたい

 

 

 

そして、過去 のさいごに

この20年間で学んだふたつのこと

 

 

 

 

 

子供たちはとても繊細で馬鹿だということ

ものすごく繊細なのに、事の重大さに気付かず簡単に

人を傷付ける 本当に、簡単に、一生残る傷を作る でも、ぜんぶ

彼らは何も考えていない 要するに、馬鹿だ 自分の経験もそう、

塾講師をして子供たちと関わり、子供たちの傷たちを見ていても

思う 生徒達も含めて中学生には、幼い子達にはどれだけ

ちゃんと苦しいとき守ってくれて、話を聞いてくれて、誰よりも

味方でいてくれる大人がどれだけ大切かを感じた 子供の世界は

子供たちにとってあまりにも疲れることが多すぎる

どうか中学生や高校生でこんな人生なんてと思っても、諦めない

で欲しい…まだあなたが大事な人に出会えてないだけだから、

大丈夫だよって伝えたい

 

 

 

 

過去はどうやっても切り離せないということ

途中で消えた?と思われたかもしれない、

"感情が抑えられなくなる"現象 今でも全然あります 全然あるし、

感情が高ぶった時なんとか抑えようとして鬱に飲み込まれること

もあれば、そこまで行かなくても物事を深く考え過ぎて、自分で

自分を苦しめてそのまま自己嫌悪が続いたりとかで根は暗いまま

このまえ少しそれに近いことをしてしまって、ああまた私は

こうやって大事な人を失いそうになるのか、なんでコントロール

すら出来ないんだろう、自分が憎くて憎くて夜中ひとりで枕に

頭突っ込んで泣き叫んで、そこから数日それを引きずったせいで

過去の色んなことがフラッシュバックしてこのブログを書いてた

2週間くらいはずっと鬱だったし…要するに変えられないところ

は変えられない 過去のせいで、まだまだ完治してない私の暗い

暗すぎる部分はたくさんあって、この鬱のようななにかはたぶん

ずっと消えてくれないんだと思う 上手く付き合わなきゃいけない

つまり、自分の過去は自分の1部なんだということ

暗い自分、自暴自棄になった自分を人に出してしまって何度か

大事だった友人を失ったからこそ今でも見せるのは怖いと思って

しまうことが多くて、でも、そんな自分も受け入れて貰えたらと

いう思いを込めてこれを書いています 少しづつ、上手に明るく

生きられるように、大好きなみなさんの力を借りさせてください

 

 

 

 

 

 

 

もし、過去に戻れたとしても、

今の自分がも今の自分の周りにいる人も手に入れられないのなら

同じ人生でもいいかもしれない なんて思えるようになったの

さよならしたい過去だけど、大事な過去として

ひとまず過去の まとめ おわり

 

 

(この過去が1番長いので、、

このあとはそんなに長くないです、たぶん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.ラブマイセルフ

 

 

過去の道のりでわかる通り、

私がラブマイセルフ出来るようになったのは最近のこと

ラブマイセルフ、自分で自分を愛する ということ

出来るようになったけど、これは本当にいいのかな?

 

 

 

 

 

 

ひとつ過去の話の中で触れそびれてしまった

大事な存在がいる

私のお母さん

 

中学高校の頃は散々だったけど、いつもお母さんはわたしの

1番の味方でいてくれたひとだった どれだけ私が家で暴れても

お母さんは絶対私のことを見捨てなかったし、最後には部屋で

泣いてる私の元にやってきて、いつも隣にいてくれた

家族内でもいろいろあったけど(大した事じゃないから省略)

お母さんはいつも私の前では笑顔で、明るくて、優しかった

 

 

お母さんの話をしようとすると、あまりにも大切な存在過ぎて

いつも上手く言葉が出てこないけど、お母さんはいつも

私のことを本当に心から大切にしてくれていたし

口癖のように「お母さんはまいがいて本当に幸せなんだよ」と

言っている し、つい一昨日もそう伝えてくれた

中高生時代、1番お母さんから言われたことは、

「自分を表現していれば、自分を持っていればそのうち人が

寄ってくるよ 自分の好きなことをしていれば大丈夫だから」

この言葉の通りだった 少しづつ少しづつやりたいことを見つけて

自分の好きなかっこうをして メイクをして お母さんの影響で

アクセサリーを作ってみたら、これもいろんな人が褒めてくれた

(ほかのことに関しては、いろいろあるけど今は全部自分の

センスに自信を無くしてしまったので省略いたします……)

誰よりも愛をくれて、自分を守ってくれたのは

いつもお母さんだった ああ、こんなに大事な存在なのに結局

上手く書けてない、、お母さんへの気持ち全然上手く言葉に

出来なかったけど 私のラブマイセルフを語る上で欠かせないひと

お母さんには隠し事は出来ないし なんでも話すし話したいと思う

私の1番大事な人であり、たぶん1番の親友?なのかもしれない

(歳は40も離れているけれど、、、)

 

 

 

 

 

自分の好きなことをして、自分を表現し続けること

単純なことだけど この言葉で大学生になってからの私は

それなりに自分に自信を持つことが出来た ここまでは私の中の

最低限のラブマイセルフ ただ、まだ今の私は これは かんぜんに

ラブ "マイ" セルフ

by myself

あくまで主観で見た自分

今の私からすると、不完全なラブマイセルフだ

 

 

 

だんだんと、自分の周りが自分のことを褒めてくれるように、

愛してくれるようになって、自分の中でも少しラブマイセルフが

出来るようになっていくうちに

自分に対して求めるレベルが上がってきた

 

そして、今度は頑張ってない自分 が嫌いだと思うになった

自分は頑張っているようかもしれないけど、

果たして人から見て、自分が頑張っているように見える?

所詮 ラブマイセルフ で自分を認めてしまったら、他人から見た

自分は 大して成長してないと思われてしまうのでは?

 

 

ラブマイセルフ、を乗り越えたと思った先に見付けた

努力 と 自己肯定 と 甘え この3つのバランスの問題

20歳のうちに答えを出したかったけど、

結局いい答えは見つからなかった

 

 

 

だから、今の私なりのまだ不完全な答えをここに残すなら、

 

自分を愛すること と 自分を甘やかすこと は全然別物

私が好きなのは

好きなことを頑張っていて、周りのみんなが愛してくれる私

ふたつが揃って初めて "私にとってのラブマイセルフなんだ"と

気付いた

つまり、私が自分を愛するためには まず初めに、それなりに

自分のやりたいこと頑張らなくてはいけないと いうこと

頑張っている自分がいてこそ、努力している自分がいて

そこでやっと、自己肯定 になる そして、そんな自分を周りが

肯定してくれる 認めてもらうことで、やっと自分を褒められる

 

次に甘え過ぎは絶対私にとってはだめだと分かった 逆に毒だ

しかし頑張り過ぎても、そのうちすり減って歯車は狂っちゃう

きっと私の中で、ラブマイセルフ と 他己評価 は 強くつよ〜〜く

結び付いてるからこそ 人から認められてこそ自分を愛せるのかも

という結論に至った あくまで、大学3年生の今の私の考え ね

 

 

 

かなりラブマイセルフの根本的な目的から逸れた考えになって

しまったけど これが今の私にとってのラブマイセルフ論

 

 

 

でも、なんだかんだ自分の頑張りたいと思うことを優先して

自分の気持ちを大事にしてあげられてる時点でもしかしたら

もう既にラブマイセルフは出来てるのかもね

 

だから、目指すは その先だ

大好きなみんなが好きだと言ってくれる自分を

もっと心から愛したい

そのためには、もうちょっとがんばろうね 私と私の約束だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.愛

 

私が生きる上でなによりも大切にしているもの 愛

なによりも大切で、なによりも必要で ないと死んでしまう

貴重で 大切で 美しいもの 私がなにより欲しいもの

そして、大好きなひとたちになによりも与えたいと思うもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたし 本当に本当に愛されたい

でもそんな気持ち本当は誰にも知られたくなかった 本当に本当に愛されたい 愛が欲しい 苦しいほどに抱き締めて愛を教えて欲しい 伝えて欲しい うるさいくらい耳にたこが出来てしまうくらい好きって言って欲しい 1回でいいから、ひとことでいいから好きの二文字が欲しい あ、やっぱりもういっかい、あと1回、 ね、お願い、あっやっぱりでもあわよくば、大好きって言ってほしい ああ、でも、だめだよね 私なんかがそんなこと求めちゃだめか ごめんなさい 分かってます 私は人から愛される権利のあるような人でもなくて私は愛される要素なんか何も持ってない なんにもない 分かってるよ、わかってるわがままだね ごめんなさい でも、やっぱり欲しいんだ』

いつもそのループ 結局、自信を無くしてしまうのがオチ

あれ、あんた、ラブマイセルフ、出来てたんじゃ無かったの?と

思うじゃん 愛されたいのループにはまってしまうと そんなの

全部飛んでいってしまう 愛されたいのエネルギーが強すぎて

え、だめじゃん…ってね ほんとだよね 何もかも見失っちゃうの 

 

『この私なら好きになってもらえるかな?この髪型は前に会った

時の髪型より気に入ってもらえるかもしれない!いろんな私を

できる限りで見せていれば、なにかひとつ、誰かに刺さるかも』

そんなことを考えて どうしたらすこしでも満たされるか

すこしでも好きをもらうことができるか 考えたりもしたけど、

どれだけ貰っても私は満たされないからもうどうしようもない

なんて気付いてしまったり…

 

 

 

 

 

 

 

そんな気持ちでいつも溢れてる

こんなの誰にも言いたくなくて知られたくもなくてずっとずっと

心の内に閉まっているつもりだった ばれてたのだ

私が愛に飢えていること 愛されたいと願って止まないこと

もう気付いていて、なんだかアホらしくなってしまったから

もう隠すのは辞めることにする

 

そう、わたしが何より欲しくて何よりも必要なのは 愛

なんでだろうね 今はもう、大丈夫なはずなのに

私の中の 「愛されたい」は一生満足してくれない 底なしだ

 

でもかと言って 全く愛されていないか、と言ったらそんなことを

言ってしまうと貴重で大切な私のことを好きだと言ってくれる人

の気持ちを踏んずけることになってしまうから、それは違う だめ

いまの私はこんなにも愛されているはずなのに、、

はあ 本当に本当に私はめんどくさい!

 

 

 

 

愛されたいという思いがバカみたいに大きいけど、

今の自分を包んでくれている愛にほんとうに心から感謝してる

だって、愛って奇跡だから 望んで手に入るものじゃない

何億円あっても買うことは出来ない 簡単に手に入るものじゃない

自分のことを見てくれる人、自分の成功を喜んでくれる人、

自分の不幸を一緒に悲しんでくれる人、

そして辛い時抱きしめてくれる人 ぜんぶぜんぶが愛だ

ぜんぶが愛で、貴重で、何よりも大切で、そしてこれらの全てが

当たり前じゃない奇跡だということ

20年しか生きてないけど、このことはよく分かる

分かってるのに、私の中の愛されたい は恐らく一生満たされない

だからこいつも上手く付き合わなきゃいけない

ラブマイセルフといい、愛されたい感情といい、バランスが

めちゃくちゃでつじつまが合わなくて訳分からんよな、私

一貫性無いよね、まぁ人ってそんなもんですし…ということに

させてもらう 自分でもこいつは完全になによりもお手上げだから

 

 

 

 

 

でも、

私のような寂しさ恋しさ虚しさ全てを私の好きな人たちには

ぜったいぜったい感じて欲しくないの 絶対にさせたくない

こんな大切な愛を私なんかにくれるんだもの、絶対私みたいに

なんかなって欲しくない、ならないで欲しい なる前に私が止める

 

 

「お願い、そんな事言わないで あなたは素敵なの、ほら、こんな所もかわいくて、こんな所も愛おしいの それでね、尊敬出来るところもこんなにあるんだよ、ねえ、わかって、気付いて、あなたは素敵なんだよ お願い 気付いて自分なんかなんて言わないで、 だってわたしはあなたが大好きなんだもの、ほんとに大好きで、好きなところ沢山あって あなたが寂しくなる必要なんかないの、まってね、ちょっとまってね、今私があなたを抱きしめるから私だけでも溢れる愛をあなたにあげるから ね、ほら!どうかな?うーん、こんなことしか出来ないけど、少しは満たされたかな、大丈夫かな、もうへいき?ほんとに、?ほんとのほんと?ああ、よかった、よかったあ〜〜 ねえだいすきだよほんとのほんとだよ、ずっとだいすきだからね、安心して わたしがいるからね、 もちろん、わたしだけじゃないけど、、 くるしくなったらすぐに呼ぶんだよ、 大丈夫だからね 大丈夫 手を握ってて、ゆっくり寝てね おやすみなさい

いい夢を 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しぬほど愛されたくて 一生満たされないこの気持を抱えて

そのくせ自分はたくさんすでに愛を貰っているのに

こんな情けない自分にできることは自分の すきなひと に

自分ができる精いっぱいの愛をあげること

 

 

 

愛の定義 たくさんたくさん考えた 好きとは違う

外国語のことはあまり分からないけど、日本語の

愛してる 愛してます はどちらもとてつもなく重く感じる

いいのか、わるいのか…少なくとも私はちょっとやだ

Love も 사랑해요 もたくさん耳にする気がするのに 日本語の愛は

なんだか少し重い 日本人にとっても、愛の定義は重いのかな?

好きよりも意味が重くて 愛という言葉はほんとはきっとそんなに

簡単に使っていい言葉ではないのかもしれない

 

けどそんなのはどうでもいい

愛の定義は自分が愛だと思ったら愛で、

何億通りもの意義があっていいよ

これだけ繰り返し使っておいて、 私の愛だってちゃんとした

定義なんかない どんなものかなんて言葉に出来ない

分かってないだろ、と言われたらちょっと怒るけど

だって愛はちゃんと在るもん

 

 

love=愛 は不可算名詞 という事実に安心させられることがある

名詞だから、たしかに"在る"ものとして最低限定義されていて

数も、量も、重さも、決まってない 数えることなんか出来ない

なら なんだっていいじゃない 形も決められてないんだから

変なフォルムでも、綺麗な色じゃなくても、上手く表せなくても

ぜんぶの愛が肯定される権利がある (人を傷つける事を除いて)

愛だと思ったら 愛だと感じたら そこにある、って思ったら

それはぜんぶ愛だよ

 

 

 

 

 

 

愛という言葉が

どれだけ重くて、尊いからこそ簡単に使っちゃダメな言葉なのか

もしかしたら分かってないガキンチョだと思われるかもしれない

分かってるよ、けど、私の愛は そういうもの なの、

少なくとも 今の歳の私にはね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4.しあわせ

 

 

 

"当時の" 私なりに考えた 人に好かれるため の方法

・人に優しくすること

落ち込んでる時は必ず励ましに声をかける

(そうしていれば

自分が落ち込んでる時助けてくれる、はず)

・人のいいところを見付けるようにすること

そしてすぐに褒める

(そうしていれば自分のいい所も見つけてもらえる、はず)

 

 

 

これはずっとしているうちに私の中で習慣になった し、

当たり前にすることのひとつふたつになった 

ただ、

"当時の"私にとって人に好かれるための方法だったこのふたつ

つまり自分が生きやすく生きれるようにする為の行動でもあって

相手への思いやりが、あるようで、あるようで、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"今の" 私は "当時の" 私の 1番大きな違いは、

大切にしたい 幸せでいて欲しいと思う人がたくさんいること

この習慣のようなもう癖になったようなふたつの行動は、

だんだんと自分の中で 大切な人の幸せを守るためのこと に

シフトチェンジしはじめた もう何度も書いているとおり、

私にとって 自分の周りに自分のことを見てくれて

大切にしてくれる人がいることは当たり前じゃなくて、

ぜんぶ奇跡で大切で、今の私にとってはぜんぶが必要不可欠だ

私の大切なひとたちはぜんぶ私が私でいるための大切な構成要素

だから 私にはその人たちの幸せをできる範囲で守る義務がある!

だって、居なきゃ私は生きられないんだもの、

大好きなひとたち幸せじゃなかったら私が苦しい

言い方悪いけど、

大好きなひとたちの苦しみは私にとっての苦しみに繋がる  

だって、私の一部だから なによりも、みんなの幸せが最優先だ

 

 

 

ジンくんの、『僕が幸せであることが重要だと思う 』

『僕が幸せであるためにみんなを利用するんだ』という言葉

彼と私とでは言ってる意味が違うかもだけど、

この言葉はちょっとわかる気がした

私が幸せであるためには、私の大切なひとたちが

幸せでいなくちゃいけないから

「私の幸せ=私の大切なひとの幸せ」なの、綺麗事じゃなくて

私結構本気で言ってるよ 私はジンくんみたいに人を笑わせる

パワーも人を元気づけるような言葉も上手く言えない けど、

私は私の大事なひと、大好きなひとたちに笑っていて欲しいし

悲しいことがあったら私ができる限り全力で励ましたい 

 

 

 

 

 

昔は 自分のため だった人への行動 結局は自分のため であること

今も変わりがないと言えば確かに変わりは無いかもしれない

けど、

相手に対して「幸せでいて欲しい」という気持ちが加わった

相手のことを思う気持ちが本音なら、これはエゴじゃないよね?

友達も大切な人もろくに居なかった私が

大切なひとたちが出来て変わったこと

大切なひとたちを大切にすることが

私にとってなにより生きるために大事なことで

必要不可欠なことになった

 

 

だから、大切なひとたちに対して

こんなところが好き、こんなところが素敵だね と思ったこと

伝えることで相手の幸せに1ミリでも繋がるなら絶対に伝えたい

悲しく苦しんでいるときは 私なんかでも私が声をかけることで

すこしでも気持ちが軽くなるのなら 無理をしてでも声をかけたい

それであなたが笑ってくれるなら、それは私の幸せのひとつ

 

 

 

 

 

もちろんラブマイセルフをする上で人から褒めてもらうことは

大きなきっかけになったし、褒めて貰えたらとっても嬉しいけど

相手に褒めてもらいたくてそのひとを褒めてるわけじゃない

ただ、私がひとこと 褒めることでそのひとの気分が1上がるなら

できる限り伝えたい、言葉にしたい 

 

 

私が辛いとき確かに励まして欲しい気持ちもあるけど、

自分が限界なとき疲れてるとき 自分の残ったエネルギー全てを

使って相手のことを考えて精いっぱいの励ましをすることで

相手から返ってきた ありがとう のひと言で私のエネルギーは

シュンって一気にチャージされることもある たくさんある

私の言葉を受け止めてくれたことが嬉しくて、

それも私の幸せのひとつだから

(これを読んでるリア友は 言うていつも人に頼ってばっかだろ!

とか思ってそう ほんとだよね すぐ電話かけるし突然長文で相談

LINEしてくるしね ほんとごめんよ、いつもありがとうね

でもちょっと私も変わったのと、成長した?のと、あなたに

対してもいつもこう思ってるからね それだけは分かって)

 

 

 

 

 

でも、

私のような寂しさ恋しさ虚しさ全てを私の好きな人たちには

ぜったいぜったい感じて欲しくないの 絶対にさせたくない

こんな大切な愛を私なんかにくれるんだもの、絶対私みたい

なんかなって欲しくない、ならないで欲しい

なる前に私が止める

 

 

ちなみに、これも 私の大事なひとの幸せを守るため、のひとつ

 

 

 

 

私にとって、自分の周りにいてくれるひとたちはなによりも大切

だから、みんなの幸せが私の何よりも大切な 「しあわせ」 だ

 

 

それに、今の私は1ミリも返ってこない相手に対して

愛を一方的に送り続けるほど馬鹿じゃないし

付き合う人を選ぶ余裕もある

だから、大切な人を大切にすることで

少なくとも、私のことも大切にしてもらえる だから

結果オールハッピー!なんだよ 私も十分幸せいっぱいになる

これは私の中ではエゴじゃないと思うんだけど、

エゴだと感じる人がいたらごめんね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.ラブユアセルフ

 

 

 

さいごに

 

これは、私が「わたしのすきなひと」みんなに願うこと

でも、それは 理想論

 

 

 

 

 

もちろん、私の大切なひとたちには自分のことを愛して欲しい

愛して欲しいし、大切にしてあげて欲しい

あなた自身で、自分で自分を守って欲しい

だっていつでも傍には居られないから、守ることが出来ないから

ひとりの時に自分を守れるように 自分を大切にして欲しい

 

 

 

 

 

 

 

けど、私が 敢えて 理想論 としたのは、苦しまないで欲しいから

自分を愛することが簡単だったら、自分を愛してください!と

強引にでも伝えていたと思う けど簡単じゃないことは知っている

私の大切なひとたちの苦しみは 私の苦しみだから……

 

 

 

 

 

ラブマイセルフの考え方は人それぞれで、

私にとってのラブマイセルフあなたにとってのラブマイセルフは

全然別物で 基準も 難易度も きっと違うはず 

 

 

 

 

以前、

ラブマイセルフは まだいいかな まだ自分は未熟だから

という声を聞いた

ああ、そういう考えもあるんだな…と素直に思った 

それに、自分を愛することが人を愛する第一歩だ

なんて言葉もあるけれど 私はそうは思えないの 

 

 

 

自分のことが嫌いで、醜くて、殺したいほど憎くて堪らないひと

そんなひとに、今すぐに自分を愛しなさい!なんて酷な話だ

 

 

 

 

自分を愛すことは義務じゃない 理想 いつか、の話でもいい

ゆっくり自分を受け入れて、すこしでも楽に生きて欲しい

自分を無理に肯定しようなんてしなくてもいい

ただ、あなたは誰かの大切なひとだということだけ 忘れなければ

どうか傷付けないで 自分を大切にして 自らを守ってほしい

すこしでも生きやすいよう、ゆっくりと 楽に生きて欲しい

 

 

 

自分の好きなことをして、

あなたなり に生きてるあなたがいちばん素敵です

すぐに自分を愛さなくてもいいから、愛せなくてもいいから

どうか 自分のことは大切にしてね

そしていつかあなたが あなた自身を愛せますように

あなたがすこしでも幸せに生きてくれたら 私はとっても幸せです

 

 

 

 

 

 

「 Love Yourself 」できますように

 

これが 私の大切なひとたちへの 最後に伝えたいメッセージ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6.あとがき

まずは、ここまで読んでくれたみなさま

本当に本当に本当にありがとうございます。

ほんとうは防弾少年団さんたちのラブマイセルフ論をまとめて

自分なりに考えを書こう!と思っていたのですが、ド新規おたく

の私は情報を集める段階で心が折れてしまい、方向転換しました

 

とんでもなく長くて読むのが疲れる文章だったと思います。

このブログを読んで、私のことをどう思ったでしょうか?

もしかしたら、嫌になってしまったひとがたくさん

いたかもしれません、ごめんなさい、これが私なんです。

 

 

 

すこしいつもの私を挟ませてもらうけど、、、

中学生のころは確かに本当に辛かった、ここに書いたのはほんの

1部だし人目が怖かったし自分がなにかする事で人がどう思うか

がとにかく怖かった、高校生の時はすごく主軸にいた人達のこと

を主に書いたけどたぶんなんだかんだ楽しかったこともそれなり

にあったのかもしれないな、なんて思ったり。まぁトータル的に

は楽しくなかったが強いけど、、高校生のときは本当に人に見て

もらうとか自分のことを好きになってもらうってなに?どうした

らいいの?ってずっと思ってた 息苦しい6年間だったな、

 

 

 

とりあえず、読んでくれた方々それぞれ思ったことはあると

思いますが、途中で書いた通りしんどい時期があった故に私は

根っこがとてもひねくれていて全然いい人間じゃなくて

だからこそ、優しくなりたい、人に優しく出来る人でいたい、

人の支えになれるような優しい人になりたいと

自分の中にいる嫌な奴と戦って、どうにかしてこいつを殺そうと

今少しづつ足掻いているところです。これは本当の気持ち。

 

 

突然話は変わりますが、

私が1番なりたいのはジミンさん、みたいなひとです。

自分に厳しくて自分を磨くためならいくらでも努力できるひと、

どこまでも天使のように優しくて愛に包まれたあまいひと。

私は多分どこか愛に対する考え方がジミンさんと似ているような

気がして、ジミンさんみたいに愛をプレゼントしつづけるひとで

居たいし、愛されたいという気持ちももう少し綺麗な形に整えて

大切にしていきたい。ほんとはもうちょっと、私とジミンさんと

こういうとこ似てるな、はいくつかあるのですが、上手く言葉に

できないので(そして恐れ多いので…)ジミンさんみたいに

愛を大切に抱えて、愛に生きるひとでいたい、と思うのです。

そして何よりも、私は

自分を成長させるためにひたむきに努力し自分に世界一厳しい

のにその厳しさは自分(と、時と場合によってはその周り)

にしか向けない、そんなジミンさんのようになりたい。

自分にめいっぱい厳しくして、成長のために手をとめないひと

そして愛するひとをやさしさで包んであげられる人になりたい。

大事なことをおしえてくれたり私のことを救ってくれる推したち

テヒョンさんとジンくんとはまた違う、

心の中にずっといる、1番 "なりたい" と思うひと ジミンさん。

 

 

少し話は逸れてしまいましたが、そんなひとになれるよう、

すこしでも近づけるよう頑張るので、こんな私を許してくれたら

嬉しいです。

 

 

 

 

 

ごめんね

ありがとう

ありったけの愛 を込めて。

 

 

 

 

mai