kimamaisan’s blog

ひとりごとの記録

私の数学の先生のおはなし

 

 

わたしには好きな人が居ます 

 

ユンギさんと同じ1993年生まれの27歳

女の子みたいに可愛いものと甘いものが好き

ハムスターみたいな出っ歯に黒縁のインテリ風メガネ

183センチの身長にちょっと丸まった背中

 

そんな私の好きな人は 私の数学の先生でした

 

 

 

彼に出会ったのは私が中学1年生のとき

最後に会ったのは高校1年生のとき

そして、つい先月 4年ぶりに彼に会った

 

 

中学生の頃の私は恋愛どころじゃなくて、そもそも

友達なんてものはほとんど居なかったし、この頃の私にとって

男の子は『怖い生き物』でしかなかった 治安の悪さゆえに

ぜつみょ〜に嫌な奴ばっかりで、彼らがヘラヘラ笑いながら

「おっ、まいまいじゃ〜ん(笑)」っていつも意味も無く声を

かけてきて、それとなく圧をかけてきて何かと一言やな事を

言っては居心地を一気に悪くさせる それが本当に大嫌いだった

(実を言うとこの歳になっても未だに地元を歩くのが怖くて、

中学の同級生を見かける度に逃げてしまうの、情けないね)

 

だから自分に優しい言葉をかけてくれる男にはめっぽう弱くて

中学前半の頃、何度もネット恋愛で痛い目にあった(アホくさ)

(ほんとに恥ずかしい話だけど当時はネット依存が酷かった)

そして、そいつらに放り投げられた挙句、色々あって

通ってた塾の数学の担当であった先生のことを好きになっていた 

 

先生との出会いと第一印象、今思えば最悪だったな、、、

中1の夏期講習の数学の授業が初めて受けた先生の授業で、

なんでそうなったのか覚えてないけどこの先生は『人肉の話』で

生徒たちに大ウケしたのだ 私もめちゃくちゃ笑ったの、

その時ついたあだ名は『人肉先生』 あまりにひどい(笑)

 

その後、先生は「正式に」私たちの学年の数学担当になりまして

初めはそのとき私のいたクラスの担当じゃなくてひとつ上の

いわゆる頭のいいクラスの担当で そしたら、先生が担当になって

直ぐの頃、私の元に「上のクラスに行かないか」という

話が来たたのです この話が来たのは私だけじゃなくて、友達にも

同じ話が来たんだけど友達は即断った その子の方がよっぽど頭が

良かったからどうしようか本当に本当に迷って、結局やっぱり

せっかくのチャンスだから、と思い上のクラスに行くことを

決めました これがこんな私の人生に影響与えるなんてなぁ

 

そのクラスは本当に頭のいい子が多くて前のクラスとは比べ物に

ならないほど静かで、元々それなりにうるさい生徒だった私は

その中に馴染むのがすごく大変だった けど慣れたらすぐに

楽しくなったし、自然と私のノリにみんなも明るくなった

気がする

先生はその時の事を

「まいがこのクラスの雰囲気を変えてくれた」と言ってくれたの

よく覚えている

 

そんなこんなで少しづつそのクラスにも慣れてきた中3春

ちょっと悲しい事が起きました

 

私はさっき書いた通り本当に友達が学校に居なくて、

そのきっかけは部活の子達が私を避けるようになったのが

何となく学年に伝染した感じだったから

(話すと長いから省略するね)部活にも居場所なんて無くて

そんな私の唯一の居場所が塾だったのです

 

もちろん塾には地元の中学生が集まるから同じ中学の子も

同じ部活の子も沢山いたし女子は吹部が殆どだった

けど、唯一の部活のお友達2人がこの塾にはいました

 

1人は元々私がいた下のクラスの子

もう1人は私と同じ上のクラスにいた子

吹部でパートは違ったしクラスも1度も同じにならなかったから

部活でも学校でもほとんど一緒に居なかったけど、帰るときは

いつも一緒で、休みの日に遊ぶのもその子達

私には2人しか居なかった けど、2人だけでよかった

 

(さっきのクラスのくだりで友達が居ないはずなのにどうして

うるさいの?と思ったそこのあなた、この子達が居たから私は

うるさかったのです そして、普段は話す相手がいないから

大人しくしてたけど根は全くそんなんじゃない、という事です)

 

ところが、4月頃から1人この中に加わってきた

元々その子は小学生の頃仲が良かったからそんなに大きな影響は

無いと思ってた、思ってたのに、思ってたのに、

その子はいつからか私のことを空気扱いするようになった

私につけた謎のあだ名、空気ちゃん 

そしていつの間にかその子に影響された2人が

に全く話しかけて来なくなった 何を話しても完全無視

 

それはしばらく続き、5月末、もう耐えられなくなって

「なんで無視するの?」と何度も聞いた日があった

もちろん答えなんて返って来なくて、振り向いてもくれなくて、

もうヤケになって「私には2人しか居ないの知ってるでしょ!」

と叫んだ時、「じゃあ他に友達作れば」って言われたのを

今でもハッキリと覚えてる

他なんていらなかったのに 2人だけでよかったのに なんで?

 

それからというもの塾が『天国』から『地獄』になった 

授業前はずっと1人で過ごして授業後はみんなが帰るのを1人

トイレで待ってみんなが帰ってから誰もいない教室で泣いて、

を毎日のように繰り返した 本当に迷惑な生徒だったなと思う

でも、その時にいつもそばに居てくれたのが先生だった

 

いつもみんなが帰ると教室にやって来て、

「もうみんな帰ったぞ、お前も帰りな」と先生は言う

けどそんな泣いてるのにすぐ帰れるはずもなく、それも先生は

分かってて、泣き止まずなかなか帰らなくてもずっと何も言わず

隣に座って私が落ち着くのを待っててくれていた

そして、泣き止んだあと 教室から出口まで2人とことこ歩き

出口で先生が「さようなら、また明日」と手を振る

私はその笑顔を見て安心して、のろのろと自転車を漕いで帰る

それが数ヶ月続いた

 

2人との仲直りは呆気なかった

同じクラスの子は、夏の終わり頃

その子が部活中に1人泣いていたのをたまたま見かけて

どうしようか散々迷った挙句、やっぱり心配でメールした

大丈夫?と、そしたら、ありがとう ごめんね、と返ってきた

もう1人は秋を過ぎた頃に、自然と話すようになった

(今でもなんで2人がそんなことしたのか理由は分からない

けど、仲直りしてからは私達が20になった今でもお互いに

親友として支え合う仲になっている だから安心してね)

 

 

秋を過ぎた頃には受験に専念する過程で、塾に来ることも増え

自然と2人と一緒にいる時間が増えた 元に戻ったのだ

 

私は毎日学校終わりすぐ自習室に来て、10時まで勉強してた

言わゆる自習室ヘビーユーザー 自習室の主と言われた事もあった

理由はただ1つ、10時になると先生が「時間だぞ、帰りな」って

先生が来てくれるから ただそれだけのために頑張ってた

何度も「早く帰れ」と言いながら、いつも私の話を聞いてくれて

なんでも相談に乗ってくれたこの時間が大好きだったから

多分もうその頃から先生のことが好きだったと思う

親のことも大好きだったけど、その次に好きな大人

辛い時はいつも話をそばで聞いてくれて 聞き終わったあと、

何かといい事を言ってくれる 子供目線・生徒目線のフィルターは

確実にかかってたけど、そんな先生はとってもかっこよく見えた

 

本当に傍から見たら意味わかんないと思うんだけど、

この時の私たちの学年には先生にガチ恋してる女の子が

なんと4人もいた 女子11人中4人が先生リアコ

いやまじでこんなことある?(笑)って感じなんだけどさ、

ほんとにみんなそれぞれ先生のこと本気で好きだったの

2人のうちの1人もそうだった

 

そして、私と同じようにみんなも学校終わりすぐに自習室に来た

理由はみんな同じ

先生より早く来て、先生が来る時のコート姿を見たいから

毎日先生達に会いたかったから 

そして、少しでも頑張ってると思われたかったから

不純がすぎる ほんとうに(笑)

けどそうして自習室の利用率が増えると同時に私たちの成績も

どんどん上がっていったからオッケーってことにしておこう

 

 

しばらくして 受験直前の1月 の、ある日 たぶん、私は振られた

は???と思うかもしれないけど、多分振られたと思う

いやそれはそう 今の立場で考えたらそんなの当たり前なのに

この時はそんな事も考えられてなかった

ほんとに、どれだけ馬鹿なんだ?と思うけど、その日の日記を

見るとすごく切実に悲しい気持ちが書かれてて

なんだか笑えなくなってしまうほど、その時は本気だったみたい

 

 

振られたと言っても「好きです!」なんて言った訳じゃなくて

受験終わったらお出かけしたいです…なんてことを言った、

気がする、、、、この時、先生の口から返ってきた言葉は

「ごめん、俺はみんなの先生で居たいから」だった

当たり前の答えだ そりゃそうだ 有り得ないもの

でも、この時私があんなに落ち込んで家帰って散々泣いたのは、

どこか自分が特別だって勘違いしてたって事をこうして

直接先生からの言葉によって突きつけられたからだと思う

 

立ち直るのに無駄に時間はかかったが、どう頑張っても先生が

数学の担当である以上避けることは出来なくて

無理やり気持ちを勉強に向けた

し、先生は全く変わらなかったから (それはそう)

自然と勉強に集中出来た

心の中の先生への思いは変わらなかったけど

 

そして、受験直前 3日前とか、2日前とか

この頃になるともう授業は無くて塾に来てる人は

ほとんど居なくて、リアコ組だけが来てた つまり女子数人

(ほんとに馬鹿なのか真面目なのか…)

この時1つ思い出があって

2日前の日いちばん広い教室で私と先生だけだった時があってね

私がひたすら数学のプリントを解いて後ろにパスして後ろに

座った先生が丸つけをする、というのを繰り返してた日

途中で休憩した時に先生はメロンパンを買ってきてくれて

一緒に食べた ただそれだけ それだけなのに、静かな教室で

2人きり話しながら一緒にメロンパンを食べた、という

この出来事は結構自分の中で引きずったらしく、何歳になっても

メロンパンを食べる度に先生のことを思い出していた

(先生もこのことを未だに覚えていたの本当にびっくりした)

 

受験当日 うちの塾は先生達が主要駅まで来てくれて

応援してくれる、みたいな『駅激(駅で激励するの略)』って

言うのがあって、先生ももちろん駅に向かう担当になっていた

けど、私だけ志望校が徒歩圏内だったから、よくこの片思い話を

してた大好きな女の英語の先生だけが来てくれることになってた 

 

なのに、高校に着いたら先生が居たのだ

「終わって直ぐにこっち来た」

「数学9割取れよ、大丈夫、お前ならできる」と

まあ逆にプレッシャーで数学ぼろぼろだったんですけどね

(ダメじゃん)

 

1番得意な英語も出来なくて試験終わり塾で

先生ごめんなさい〜(T_T)(T_T)(T_T)って泣いてたなぁ…

お願いだから私の相互の受験生はこんな目に遭わないようにね………

 

志望校自体行きたいところがそこしかなくて

ものすごく高い目標を設定していたことも、

結構厳しい戦いだったことも分かってた

それなりに努力はしたけど落ちることは覚悟してた、

つもりだった

けど、いざ結果を受け取ると涙は止まらなかった

塾について早々壁にもたれかかって泣いた

入ってすぐに何を言えばいいかわからなくなって

先生に合わせる顔がなくて 入口すぐの壁で泣いてた 

すぐに先生は来てくれたけど、顔を見れなくて、私は泣いたまま

 

そして、私はこのひとの胸で泣いた

先生の片手は私の頭のうえに

片手は私の肩に 優しく添えられていて

なんで先生はこんなことしたのか 本当に本当にわかんない

し、あまりにもずるい

(というかよくこんなの許されたよね、今思うと)

中学3年生の私にとって当たり前にそんなの初めてだったから

感情がごっちゃごちゃになってしまった けど涙は止まらなかった

しばらく泣いて、落ち着いたところで

塾長のところに連れてかれ、進路の話をして、その日は帰った

 

その日以来、塾には行く理由もなかったからしばらく先生に会う

ことは無くて、3月末のお別れ会まで1度も会わなかった

と言っても、そのお別れ会もなんら特別なことは無く、

リアコ組がそれぞれ好きな先生と写真を撮って、お菓子を食べて

ゲームをして、普通に楽しくパーティした

(途中先生の隣に座ってた女の子に嫉妬したりしたけど)

 

そして、帰ろうとした時 先生から手紙を貰った

私がこの時手紙を書いたかどうかは覚えてないんだけど

(多分書いたと思う)ずーっとLINE教えてください!って

言い続けて全く相手にされてなかったのに、手紙の封筒に先生の

メールアドレスが書いてあった ほんとにほんとにびっくりした

そんな私を見て「本当に辛い時だけな」と言い、去っていき、

私は先生とお別れした

 

(面白いことに実はそのアドレス間違ってて

1年後再会した時に先生の電話番号を教えてもらいました )

 

この時の手紙には受験のことや勉強の事が多く書かれてる中、

最後にこんなことが書いてあった

 

「自分を嫌いになるな 自分なんてって思うな」

「あなたを大切に思ってる人が必ず居ます

ここにもいるだろ?」

この言葉がどれだけ嬉しかったか

 

友達なんて居なくて何をしても陰口を言われ笑われてた中学時代

髪を切ってもコンタクトにしても、何あれ〜と言われたし、

笑い方もみんなに聞こえないようにって口元を手で隠してたら

何故かいろんなひとに真似されてバカにされた

自分のことを1番否定してた頃

自分のことを1番好きになれなかった頃

の私を1番近くで見ていた先生

だからこそ出た言葉だと思うし、何よりもこの言葉に救われた 

 

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(実際の手紙がこれ 封筒にメアドが書かれてました)

 

高校生になって、

先生へのリアコを引きずり拗らせてしまうのか…と思いきや、

会わなくなって半年ほど経った頃には

「好きなひと」から「恩師」へと変わっていた

どちらかと言うと、好きのかたちが変わった、という感じ

尊敬に近いかたち だから、引きずるということはそんなに無くて

高1の夏には初めての彼氏が出来た

 

高1の終わり頃、先生が塾を辞めると知って

(大学生だから4年間でバイト辞めるのとおなじ)

リアコ組のみんなで会いに行った(じわじわくるリアコ組)

実は辞めてから1回どうしても会いたくて塾に来て、

彼への手紙を渡そうと思った日があった

1人の「恩師」として、彼に手紙を書いた

ルーズリーフ4枚分 (長ぇよ)

でも、その時彼はいなくて会えなくて、他の人に手紙を託した

そしてその4人で会いに行った日に、また彼から手紙を貰った

私がその時書いた手紙へのお返事だそう

それには、前と同じように、

「自分を大切にしてくれ」といった内容と、

「大人になるまで見届けたかった

けどそれは出来ないから、幸せな大人になることを願ってる」

 

 

彼に会ったのはそれが最後

(この時に電話番号を教えてもらった)

 

ですが、高2の冬、ちょっとしんどい事がありました

それは具体的に話せないのだけど、簡単に言うと

私の周りみんなが私のこと騙してました!誰もホントの事教えて

くれませんでした、みたいな話

深夜にそれを知ったその日、そのうちの1人に言われた

「すぐに人を頼んなよ」という言葉

あまりにショックが大きくて、すぐに誰かを頼りたかったけど

この言葉が引っかかって誰にも連絡できなくて

ましてやこんな深夜に どうしよう でも誰かと話したい 

そんな時思い付いたのが彼、先生だった

すぐに電話をかけて、すぐに出てくれて

でもあっちは私の番号なんか知らないから

私が出たことに感動して「わぁ、、出た、、」とか言った途端

直ぐに切られて、(そりゃそうだ)すぐにかけ直し、

「ごめんなさい、〜(私の苗字)です!」って言ったら

「ああ、まいか!久しぶり」と

その途端また泣いてしまい「おいおいどうした…」となり

結局その日は2時間ほど電話した その途中で、

電話だと料金えぐいからLINEにしてくれ、と言われて、

当時喉から手が出るほどに欲しかった

彼のLINEを教えてもらったのだ

 

そして、最後に

立派な大人になったらまた会ってくださいね

と約束をした

 

 

 

そこから、毎年私の誕生日になると私は

「お久しぶりです!今日誕生日を迎えたのでなにかメッセージ

ください!」とLINEして、1年に1度だけやり取りをしてました

これだけ見るとめちゃくちゃ図々しい奴で笑っちゃうけど

この人がめちゃくちゃ忙しいのは知ってたし、

1年に1度くらいわがまま言ったっていいでしょ、、!くらいの

気持ちだった し、言うても私→彼からのメッセージ→私のお礼

の1ターンで終わり ちょっとだけの会話

それでも毎年の楽しみのひとつだった

 

(なぜ私の誕生日だったかと言うと、彼はあくまでも

先生という立場上誕生日は教えてくれ無かったからです

先月やっと教えてくれた)

 

 

その後、私は高3の時にあまりに勉強がダメダメになってしまい

この塾に生徒として戻ってきた もちろん彼は居なかったけど、

当時の大好きな英語の先生がまだいたのもあって、

大学受験期間をここで過ごした 自習室の主再び!なんて言われて

そして、無事合格したあと

塾長からの「一緒に働かないか」という言葉で

私はこの塾で働くことを決めました 

そして、私の「恩師」となった彼は「今の職場に昔居た先輩」

なり、「先生」ではなく「佐々木さん」と呼ぶようになった

 

 

触れていなかったけど、高1の夏に出来た彼氏とはゆるゆると

付き合いを続けて、大学1年の夏まで一応付き合ってました 一応 

大学生になってからの私はまあ悲惨で、(書こうと思ったけど

あまりにゴミだったのでやめとく)何度も何度もクズ男に

引っかかってはメンヘラ発動する厄介女になってしまい

やっと落ち着いた頃(大学2年の冬)、私の誕生日があり、

私は20歳になった

 

そしてまた今年も誕生日だから、と

メッセージください!というLINEをしたが、

珍しく1週間以上返信は無くて もうダメかな〜と思っていた頃

「遅くなってしまったけど、20歳おめでとう!

カレンダーには書いてたんだけど、すまない」とLINEが来た

その後に続く、なかなかの長文

最後には、

「あのまいがもうついに…って感じだけど笑

悩んで辛くなったりしたらまた言いなね

先生は先生だよ」と書かれていた

あ〜この人はほんとに変わらないな、なんて思いつつ、

もしかしてもう20歳だから会うことも許されるのでは……?と、

思い切って、そろそろお会いしたいです!なんて送ったら 

「予定合わせられるか不安だけど、20歳のお祝いしないとね 」

と返ってきた

 

それからしばらくやり取りを続けたものの、

まさかのこのコロナ禍になってしまい、

私が返信ゲロ遅なのもあって話はそこから全く進まず、

8月になって、 やっっっと会うことが決まった

 

彼に〜日なら空いてます!とLINEしたとき

私は、リアコ組の1人で、唯一の友達の2人のうちの1人と

酒を飲んでいた そいつもそいつで、好きだった先生ととうの昔に

LINEを交換していて、つい先日先生と会ってきたところだった 

(ただこの子はとある理由で男が無理になってしまい、

恋愛感情はもうなく、楽しみで会ったけどもう怖いから

会いたくない、と言っていた)

 

全てを知ってるこの友達は、デートじゃん!!と散々騒ぎ、

服もメイクも髪型もどうしようと何時間も一緒に話し合った

(まじで何してんだろうと思いながら)

 

そして、初めはお祝いという名目で飲みに行くだけだったのが

いつの間にか江ノ島に一緒に行くことに

そう  本当にデートになってしまったのだ………

 

もうありえないほど緊張して、何度も何度も何度も

「無理、吐きそう」「大丈夫かなメイク崩れてないかな」と

ツイートして心を落ち着かせようとした が、全く落ち着かず

そわそわしながら駅に着いて、すぐに彼を見つけて

ゆっくりと歩いて彼の元に向かった

 

「お久しぶりです、、」

「お!うわあ〜〜大きくなったね……」

第一声がこれ 本当に親目線すぎて笑っちゃった

 

初めは緊張していたものの、

いざ話し始めると彼は昔となんも変わってなかった

けど、どちらかと言うと「元生徒と講師」ではなく

「同じ職種の先輩」のような感じで、仕事の悩みとか

今の塾の校舎の現状とか、そんな仕事の話が多かった

その中で、たまに昔話が出てきて

「本当にいつも帰らなかったし、よく泣くし、いつの間にか俺が

(私の苗字)担当になってたんだよ なんで俺?と思ってたけど」

「いや、、私ほんとにめんどくさい生徒でしたね、、」

「おっ、今更気付いた?(笑)」「…すいません…(笑)」

なんて会話をしたりして とにかく笑ってた気がする 

 

本当に一緒にいるのが楽しかった ダメ男に引っかかりゴミ恋愛

ばかり最近していたのもあって、こんなに純粋に男の人と一緒に

いるのが楽しかったのも久しぶりだったし 何より中学3年生の

1月、あの日あれだけ落ち込んだのに、あれだけ泣いたのに、

あっさりと夢が叶ってしまって 不思議な気持ちだった

 

とにかく1日中幸せな気持ちでいっぱいだったのだ

この時、私は幸せを感じると同時に

「この人とずっと一緒に居れたら」とか「手に触れられたら」

と思ってしまった

 

昔の「好きのかたち」が戻ってきていた

 

 

そんな中で

どうしても聞きたくて、知りたくて、気になって、

また仕事の話をしている中で 今私が生徒に彼氏いない事を

散々バカにされてる話をしたあと、思い切ってそれを聞いた

「彼女いないんですか?」

 

答えは思ってたよりもあっさりしてて「いないよ」

とサラッと答えた   なんか悔しくて

欲しいと思わないんですか?とか結婚願望は?

とか勢いで立て続けに聞いたら

無くはないけど

ちゃんと時間を作ってあげられないから 相手に申し訳ないし

1人でも生きていけるし 欲しいと思わないし

そんなようなことを そんなような曖昧なことを言っていた

 

ものすごく彼らしい答えだった

相変わらずなところを感じて、嬉しいような、

希望が薄れてしまったことに悲しいような 複雑な気持ち

 

日が暮れて、元々お酒を飲みに行こうと言っていたのもあり

私たちは江ノ島を離れて横浜に戻ることになった帰りの電車

彼が携帯を取り出して何やらしばらく見ていたので、ちょっと

いいかなと思って私もTwitterを見始めた この日は運が悪いことに

ジンくんのお兄様の結婚式があった日で、しばらく私は

Twitterから離れられなくて 「結構ちゃんと飲む感じでいい?」と

隣から聞こえてはっとして携帯をしまった

後にも前にも、2人が何も話さず

お互いに携帯を見てた時間はこの時だけだったと思う

 

 

到着した先はものすごく狭くも客はたくさんで、騒がしいと

言うよりは個々で話し込んでいるような雰囲気だった

初めてのバーで何を頼めばいいかわからず、とりあえず

おつまみは全て彼に任せて季節のカクテル的なものを頼んだ

彼が頼んだのは確か日本酒系だった気がする

のんびりおつまみを食べながら、お酒を飲みながら、

彼の趣味である旅行の話をたくさん聞いた

 

そのあと、おつまみが減ってきた頃 店員さんに

おすすめは生チョコです 言われて 美味しそうだな〜なんて

思っていたら「チョコ食べれる?大丈夫?」と聞かれた

びっくりした

私が中学時代、チョコが食べれなかったこと(今は好き)、

彼ははっきり覚えていた

「お別れ会の時も、買い出してて

チョコはお前がダメだから買うのやめたんだぞ〜」

なんて言われて ただの生徒のはずなのに、なんで、

なんで好きな食べ物まで覚えてるの?

嬉しさ と 変に上がる期待値 やめてよ、と思ってしまう

 

 

2杯目か3杯目、彼はよく分からない言葉を並べながら

バーテンさんに質問し、楽しそうにお酒を頼んでいた

来たのは少し黄色っぽいカクテル

私は名前に惹かれたベリー系のカクテル

これ香りがいいんだ、なんて言うから少し気になって、

彼のを1口貰おうとしたがとてもじゃないけど1口も飲めず

すぐに慌てて水を飲んだらそれを見た彼にものすごく笑われた

 

いや、

なんでこの人こんな消毒液みたいな強さのお酒飲めんの…?

酒を酒で割ってるからね、40%ぐらいかな〜?なんて言いながら

悠々とそれを飲んでいた とっても楽しそうだった

 

 

 

が、しかし しばらくして彼の首も顔もどんどん赤くなり

話す内容も少し重たくなった 彼の家庭の話、過去の恋愛の話

 

その時に彼の口から出た

「俺には生きる価値が無いんだ」という言葉

正直、この言葉を聞いた時の

ショックのような感情は今も引きずっている 

私は「こんなにもあなたのことが好きなのに」と

今にも言い出しそうになったけど、どうにか言葉を変えて、

どれだけ私にとって彼は大切か どれだけ助けられたか

どれだけ大きな影響を与えてくれたか どれだけ感謝してるか

そして、何より私の恩人であるということ

言葉を必死に選びながら必死に伝えようとした

伝わったのかは分からないが、少し笑ってくれた気がして、

少しだけ、ほんの少しだけ安心した 

 

しばらくして、ばちぼこに酒激弱マンなくせに飲み過ぎた私は

段々と饒舌になり 頭もふわふわしてきて

なんでこんなことを言ったのか分からないけど、

あの日のこと覚えてますか?と聞いた

そう、中学3年生の1月、あの日

 

思ってたよりもサラッと、

「覚えてるよ」と返されて拍子抜けしてしまった

いや待って、頼むから忘れていて欲しかったよ…

なんでそんな覚えてんの…?

「あれさ、まじで怒られたんだよ、(英語の先生)に

(私の苗字)が先生のせいで勉強に集中出来なくなったじゃない

ですか!どうしてくれるんですか!ってめっちゃ怒られたんだよ

俺的には上手く返したと思ってたんだけどな〜」とか言い出して

はあ〜〜〜〜やめてくれよどうなってんだよ…となった

そりゃそうだ、あんなことをそんな思い出で記憶されてたなんて

笑えねえよ……… とりあえず頭抱えたくなるのを抑えて

でも夢が叶ったような気持ちですね なんて言った気がする

そのあとの会話はあんまり覚えてない

 

でも どちらも流れ全く覚えてないけど

「いや、普通に考えて高校生と社会人が繋がってんの

アウトだからね?あのとき、ほんとに周りからめちゃくちゃ

言われたよ、割り切れよって」と言ってたこと

(私にどういう反応を求めてそれを言ったんだ、過ぎたし、

じゃあなんで?と聞きたかったけど聞けなかった)

 

前にLINEでいくつになっても娘みたいな存在だって言われたこと

を思い出して、「今でも娘みたいな存在ですか?」に対して

「どうだろうね」と目を背けたこと

 

あまりに聞いた時の、やめてくれ しんどい みたいな気持ちが

強かったからかこれだけは覚えていた

思えばこの日、1度も名前で呼ばれなかった

いつも2人の時は名前で呼んでくれていのに、ずっと苗字呼び

それもちょっと引っかかった

期待させたり 落ち込ませたり  なんなんだ、ほんとに

 

 

 

 

そんなこんなであっという間に時間が過ぎて

11時をまわり、気付いたら3時間以上話していた

店を出る時、出口に向かって歩いてる時、

直感的に やばい と思った

想像以上に酒が回っていた そりゃそうだ

普段3杯も飲めないのにちゃんとしたお酒を4杯も飲んだのだから

ましてやずっと座ってたんだから、歩き始めたら回らないわけが

無い 店を出て、すぐに倒れそうになった

すぐに彼のは私の肩を掴んで、私は彼にもたれかかる形で

駅まで歩いた 時間も時間でそんなに人通りは多くなかった

 

「飲み過ぎだバカ」「ごめんなさい〜今日楽しかったですか?」

「ん、楽しかったよ 誘ってくれてありがとうね」

「へへ〜それなら良かったです、私がこの日をどれだけ楽しみに

してたか知ってますか?これから何を楽しみにしたらいいのか、

また会ってくれますか?」「ん〜、、またすぐ会えるよ」

「ほんとに?忙しくないですか?」「大丈夫、案外暇だよ」

この会話は割とはっきり覚えている

なんかこの時はやたら優しかった し、お互いに随分酔っていた

(文字で打ってるとめちゃくちゃ私の話し方気持ち悪くて真顔に

なっちゃってるけどまじでこんな感じ、酒飲むといつも)

 

 

ごめんね、先生 確かに出てすぐは歩けそうもなかった けど、

たぶん頑張れば歩けたよ だってあれだけ沢山水飲まされたら

さすがの私も多少は酔い覚めるよ けど、

1度でいいから触れたかった

1日ずっと思ってた だから、ごめんね

もう少しこのままで居させてください 

 

 

 

駅に着き、電車に乗って、あっという間に私の最寄りに着いた

私の最寄りから私の塾までは歩いてすぐ

彼は久しぶりに来たな〜なんて少し懐かしんでいた

すぐにタクシーはつかまったから住所を言って家に向かった

私はずーっと彼の肩に頭をこてんとしながらぼーっとしていた

途中、手を重ねてくれたとき、「手大きいですね〜」

「昔から身長と手と態度だけはでかいって言われてたからな

手掴んでな」と言い、家に着くまでずっと手を繋いでくれていた

片手は私の頭を撫でてくれていた

 

 

介抱されている様子だけ見たら、彼にとって私は娘のまんまだ

こんなの、恋愛対象になんかなる訳ない

お酒を飲んでいる時、 こんなことも言っていた

「面倒見がよすぎるから年下に好かれるけど、本当は多分

甘えたいんだと思う、だから年上の方が合う、のかも」

でも、じゃあ私が寝てる時に私の頭にちょんと自分の頭を乗せた

のはなんだったんだろう これは甘え?違う?

わかりません

 

私の中で、自分の弱みを見せる ことは 信頼している と

同じだと思ってる じゃあ、今日聞いた彼の言葉は彼の弱みなの?

私は娘枠から抜けられた?1人の女性として見てもらえる?

そんなことをまた考えたって、答えなんて分からない

 

このあと、無事に家に着き 夢のような1日は終わった

わたしは玄関で思わず寝てしまった 30分ほどで目が覚めたけど

ひたすらに今日のふわふわした気持ちから目覚めたくなかった

ちゃんと思考力と平衡感覚は取り戻していたものの、

頭痛が酷く、そのあとは気持ち的にも全く寝れそうもなく

たまたま起きてた中学時代の友達2人にひたすら今日のことを

話していた 数時間後、少し頭痛が収まりシャワーを浴びて

その日は寝た

 

中学3年生の1月のあの日、私は日記に

「先生のことを好きと思えることを幸せだと思えますように」と

書いていた 中学生ながらに頑張って書いたんだろうな

随分大層な事を言いやがって、と自分に対して思った

全然くるしいよ 幸せかもしれないけど 全然くるしいよ なに?

 

手紙の中で、大人になるのを見届けたかった、と言っていた

じゃあ、今の私は先生にとって成長を見ていたい存在?

でもそれだとまだまだ娘のまま?

 

私が今日の服もメイクも髪型も散々悩んだと伝えた時

どう思った?

トイレ行くたびに香水もメイクも直してたこと

どこまで気付いた? ねぇ、こんなに私は大人になったんだよ

立派な大人になったらまた会ってください、なんて言った割に

結果的にまだまだ子供みたいになってしまったけど、

少しでも大人になった私にどこまで気付いたのかな

これからも成長を見たいと思っていて欲しい そうしたら少しでも

傍にいられるから  けど、それだといつまでも娘のまま

彼が甘えられる対象にはなれない 彼女にはなれない

 

どうしたらいいか、全く分からない

ただ、ただずっとこの人と一緒に居たい

多分私はこの人のことが一生好きだ

忘れることなんかできないと思う

 

あと3日でまたひとつ歳が離れてしまう 離れて欲しくない

来て欲しくない 離れてしまったら、

また希望が遠のいてしまうから 

 

 

 

いつか、いつかこの「好き」が苦しくないものになりますように  

「好き」という気持ちを持てることを、幸せだと思える日が

いつか来ますように そして、また早く会えますように

 

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大きな手と、消毒液みたいなお酒と

ベリー風味のカクテルと、私が苦手だったチョコレートと

 

(この話は全て実話です)